戦争は社会をいかに退化させるか?SDGsとロシアのウクライナ侵攻 パル通信(37)

ロシアがウクライナに軍事侵攻した件をSDGsに照らし合わせ、戦争は、それらの到達を阻み、巻き戻してしまう存在であると考えました。
井出留美 2022.03.03
読者限定

「ロシアがウクライナに軍事侵攻」のニュースが日々報じられています。今回の軍事侵攻を、SDGsのゴールに照らし合わせ、戦争はいかに社会を後退させるかということについて考えてみたいと思います。

パル通信は、食を中心に、サステイナブルについての問題提起と具体的な事例紹介を交え、週に1本のペースでお届けしますので、ご興味ある方は、ぜひご登録お願いします。

ロシアがSDGsで破っていること

SDGsのゴール、17のうち、16番目は「平和と公正をすべての人に」です。

持続可能な開発のために、平和で包括的な社会を促進し、すべての人に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルで、効果的で説明責任を果たす、包括的な制度を構築する。
筆者による翻訳
国連広報センター公式サイトより
国連広報センター公式サイトより

さらに17のゴールの下には169のターゲットが設定されています。16番のゴールのターゲット1(16.1)は次の通り。

「あらゆる場所での暴力を減らす」あらゆる場所において、すべての形態の暴力、および、暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる
SDGsターゲットファインダーによる翻訳

今回の、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、このSDGs16で約束した内容に反することです。

食料は十分なのに飢餓が起こるわけ

国連広報センター公式サイトより
国連広報センター公式サイトより

SDGsの1では「貧困ゼロ」を目指しています。日本語訳では「貧困をなくそう」ですが、英語の原文では「貧困を終わらせる」(End poverty)と書いていますから、より強い表現です。

貧困人口は、徐々に減ってきていたはずですが、コロナ禍になり、数十年ぶりに増えてしまいました。特に2020年には億単位で増えています。国連広報センター所長の根本かおるさんは、2022年2月16日付の朝日新聞の記事で、

「2020年には億単位の人が新たに極度の貧困に陥り、貧困人口が数十年ぶりに増えてしまいました。数十年間にわたる貧困撲滅のための努力が、帳消しになった」

と語っています。数十年にわたって、関係者が貧困撲滅に尽力してきたのが、すべて「無」になってしまった、そんな徒労感が伝わってきます。すこしずつ前進してきたのが、巻き戻しになってしまいました。

貧困が増えれば、当然、飢餓も増えます。地球上に、78億人分の食料は十分あります。でも、お金がなければ食料を入手することができません。結果として、飢餓が生まれます。SDGsの2番のゴールである「飢餓をゼロに」(飢餓を終わらせる)の到達も遠のきます。前述の根本かおるさんは、ポッドキャストで、飢餓のことを「静かな津波」と語っています。コロナで飢餓人口は1億数百万人レベルで増えてしまいました。拙著『食料危機 パンデミック、バッタ、食品ロス』(PHP新書)でもそのことに触れました。

コロナ禍で、貧困や飢餓の撲滅が遠のいた。今回のロシアによる軍事侵攻は、そこに輪をかけて、社会の平穏を失わせ、進歩を後退させてしまっているわけです。

戦争はSDGsのすべてのゴール到達を巻き戻す 

私がテーマとしている「食品ロス」は、SDGsの17のゴールすべてに関与します。中でも12番の「つくる責任 つかう責任」は最も関係しており、ターゲット3(12.3)では「2030年までに世界の小売・消費レベルの食料廃棄を半減させる」と、具体的な数値目標が掲げられています。

でも、残念ながら、このゴールも遠のくでしょう。ウクライナ国内の食品事業者の営業がストップし、在庫もとどまり、食料がだめになってしまう。食料を消費するはずの消費者(国民)は、すでに30万人が隣国であるポーランドやルーマニアなどに退避しています。EUの執行機関・欧州委員会は、2月27日、ウクライナからEUに逃れる避難民は、人口の約15%に相当する700万人まで増える恐れがあるとの推計を示しています(2022年2月28日付、読売新聞)。

食品ロスに関連することでいえば、ロシアの軍事侵攻により、ウクライナは食料の安全保障が実現できません。キエフのスーパーの棚は空になってしまっていると報じられています。

拙著『食料危機 パンデミック、バッタ、食品ロス』(PHP新書)を書くにあたって、当時、FAO(国連食糧農業機関)駐日連絡事務所長だった、チャールズ・ボリコさんにインタビューしました。その際、ボリコさんは、こう語っていました。

飢餓の主な原因は貧困です。食料を購入する経済力がなければ飢餓から抜け出すことはできません。そのため、FAOは貧困と飢餓を常に一緒に扱います。研究成果や最新の報告書から、人々が飢餓状態を維持し食料不安に陥る三つの要素がわかってきました。一つ目は紛争です。紛争が起きれば、食べ物を入手しに行くことができません。道路が封鎖されたり戦闘機が飛来したりして食料が手に入らなくなることもあります。(後略)

プーチン大統領やその側近は、「攻撃しているのはウクライナの軍事施設であり、市民ではない」という趣旨を語っていました。が、実際には、集合住宅にミサイルが打ち込まれ、子どもを含む市民が命を失われています。なんの罪もないウクライナの人々を、飢餓や食料不安に陥らせているのです。

さらに、これまで延べてきたSDGsの16、1、2、12などのゴールの到達がおびやかされています。でも、それだけではありません。3番の「すべての人に健康と福祉を」、4番の「質の高い教育をみんなに」など、どのゴールも、巻き戻しが予想されます。

ロシアは、国連の常任理事国です。(国連の常任理事国5カ国=フランス、イギリス、米国、ロシア連邦、中国)

ロシアのSDGs世界ランキングを見てみると、決して高くはありません。

ここからは登録者限定の記事です。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、2118文字あります。

すでに登録された方はこちらからログイン

こんな内容をニュースレターでお届けします。

・食品ロスの正しい知識がつく
・サステナビリティ情報も配信中
・過去の記事も読み放題
・毎週届き、いつでも配信停止可能
・読みやすいデザイン
G7広島サミット メディアが報じない「食品ロス削減」声明の成果と課題 ...
サポートメンバー
5千件から大賞に選出 お供えものをおさがりとしておすそわけ「おてらおや...
サポートメンバー
昨晩発表!2023年の世界食料賞は誰が受賞? パル通信(113)
サポートメンバー
米国の最新食品ロス量の発表、日本と何が違うのか パル通信(112)
サポートメンバー
ごみ排出量が少ないまち、愛媛県松山市の3010運動 パル通信(111)...
サポートメンバー
政府へ提言の成果 食品ロス削減推進法の見直し パル通信(110)
読者限定
4月に最も読まれた記事【内部告発】セブンが隠したい食品ロスの実態 パル...
誰でも
徳島のうまいもの 世界パティシエ大会優勝の店 パル通信(108)
誰でも