禁止や制限なしでサスティナブルな消費行動を促す方法 パル通信(17)
他人の行動を変えるのは難しいものです。禁止されれば反発したくなる。興味のないことを言われても、人は動きません。
そんなとき、禁止も命令もせずに人の行動を変える方法があります。アプローチの一つとして挙げられるのが「ナッジ(nudge)」という手法です。英語では「ひじでつつく」といった意味です。禁止や命令をすることなく、人の行動を意図する方へと誘導します。今回は、この「ナッジ」の事例についてお話しします。
井出留美の「パル通信」では、社会にあふれる情報の中から選りすぐり、食品ロスや食関連のSDGs、サステイナビリティについて解説します。なお、本記事は無料でご購読いただけます。今後も定期的に配信を受け取りたい方は、ぜひ、購読登録をお願いいたします!
ナッジ理論は、シカゴ大学教授で行動経済学者のリチャード・ターラー(Richard Thaler:日本語訳ではセイラーと表記される)と、ハーバード大学法科大学院教授、キャス・サンスタイン(Cass Sunstein)によって開発・提唱されました。2017年に、リチャード教授がノーベル経済学賞を受賞してからは、よりいっそう、注目を浴びるようになってきました。すでにご存知の方もいるでしょう。
では、具体的にどのような事例があるのでしょうか。
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スーパーのレジ待ち
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オランダの空港の男性用トイレ
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バスケットゴールに見立てたごみ箱
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放置自転車「ご自由にお持ちください」
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トイレ「隣の人は石鹸で手を洗っています」
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英国政府「あなたが住む地域の納税率は◯%です」
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スウェーデン「ピアノ階段」
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渋谷の「DJポリス」
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スコットランド学食ポスター「食品ロスは気候変動に影響する」
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臓器移植の意向「反対の人は◯を」
1. スーパーのレジ待ち
実は、コロナ禍で、ナッジを使って人を誘導する工夫が全国で増えました。さて、なんでしょう。
それは、スーパーのレジに並ぶ人のためのサインです。床に、間隔を開けて、テープや両足のマークが貼ってないでしょうか。「間隔を空けて並んでください」と指示しているわけではないですが、あのテープやマークがあることで、自然に「ソーシャルディスタンシング」(物理的距離)をとるようになっています。
画像:PATAKUSO
2. オランダの空港の男性用トイレ
ナッジの手法でよく知られているのは、男性用の小便器の真ん中にハエの絵を描くものです。オランダのスキポール空港の男性用トイレでは、小便が便器の外まで飛び散ることで、清掃費用が高騰していました。ところが、小便器の真ん中にハエの絵を描いたことで、尿の飛散の汚れが80%も減少し、清掃費が20%も削減しました。「汚すな」と禁止したり、「トイレはきれいに使いましょう」と指示したりすることなく、目標を達成することができた、というわけです。
画像:PATAKUSO
3. バスケットボールに見立てたごみ箱
ごみのポイ捨てという悩みがあります。そこで、ごみ箱をバスケットゴールに見立てたものにしたところ、ごみをきちんとごみ箱に入れる人が増えました。「ポイ捨て禁止!」「ごみはごみ箱に!」などと書かないで、人が自発的にごみ箱にごみを捨てるようにしたものです。
一般向けでも、楽天市場やアマゾンなどのインターネット通販で、ごみ箱に設置するバスケットゴールや、バスケットゴール風のごみ箱が販売されています。
4. 放置自転車「ご自由にお持ちください」
放置自転車に悩んだビルのオーナーがとった方策も面白いものでした。「ここは自転車捨て場です。ご自由にお持ちください」と張り紙を貼ったのです!これはナイスアイディアですね。どこでもできるというわけではないでしょうが・・・・
画像:PAKUTASO
5. トイレ「隣の人は石鹸で手を洗っています」
「他の人はちゃんとやっていますよ」ということで、自分も同じ行動をしようとする心理を使ったものがあります。
京都府宇治市は、市庁舎のトイレに「隣の人は石鹸で手を洗っています」というポスターを貼ったところ、周りの人から見られている意識から、手洗いを促進させる効果がありました。
6. 英国政府「あなたが住む地域の納税率は◯%です」
税金を納めない人へ「税金払ってください!」と言っても、なかなか払ってくれません。そこで英国政府は、その人が住む地域の納税率を明記しました。「他の人はちゃんと税金を払っていますよ」ということを示したわけです。
これにより、納税率が68%から83%に改善し、約45億円の回収に成功したそうです。
7. スウェーデン「ピアノ階段」
駅のホームから改札口に上がる場合、階段とエスカレーターが並んで設置されていることがほとんどです。多くの人がエスカレーターを選びます。「健康のために階段を使いましょう!」などと看板を立てても、心の中で「ちっ」と舌打ちしてエレベーターに乗る人が多いのではないでしょうか。
スウェーデンでは、ナッジを使って、階段を選ぶ人を増やしました。スウェーデンのストックホルムの駅では、階段を昇降すると音が出る「ピアノ階段」を設置したのです。そうしたところ、階段利用率が、なんと66%以上も増えました。エスカレーターの使用を禁止することなく、自然に階段を選ぶように誘導し、健康増進につなげることができた、というわけです。
同様の事例は、富山市のアーバンプレイスにもあります(「季節の音階段」)。
スウェーデンでは、ピアノ階段を設置する前と設置した後の人々の変化が動画が紹介されています。老若男女(時には犬たちも!)が最初は不思議そうに、こわごわとピアノ階段を試し、楽しんでいく様子がとても面白いです。1分47秒なので、ぜひ見てみてください。
富山では2016年に「季節の音階段」の設置式が開かれたそうで、その時の様子が20秒程度YouTubeに載っています。
8. 渋谷の「DJポリス」
2013年のサッカー・ワールドカップ日本代表戦では、JR渋谷駅前に「DJポリス」が登場しました。「皆さんは12番目の選手。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください」というスピーチで、混乱が起きることはありませんでした。
「騒がないでくださーい!」と叫んでも、試合で盛り上がった観客は騒ぐでしょう。
そこでDJポリスは「12番目の選手」と呼びかけることで、大観衆を穏やかに行動させました。この方は、宮城県出身の方だそうです。
9. スコットランド学食ポスター「食品ロスは気候変動に影響する」
スコットランドの学食でも、ポスターを使って、食品ロスを減らす取り組みが行われました。残念ながら、コロナ禍で、学校給食自体が途中でなくなってしまったので、実験も止まってしまったのですが・・・
1回目のポスター「食べられるものだけを頼みましょう」に比べて、2回目のポスターでは、データをまじえて、「食品ロスは気候変動に影響する」ことを啓発しました。そうしたところ、37%の学生が「行動を変える可能性が高い」と答えたのです。
10. 臓器移植「反対の人は○をつけてください」
臓器移植の意思表示で、フランスやベルギーでは90%が「臓器移植してもいい」と答えていた反面、ドイツや英国では10%台だったとのこと。
調べた結果、フランスやベルギーでは「臓器移植に反対の人は◯をつけてください」という聞き方で、ドイツや英国では「臓器移植に賛成の人は◯をつけてください」という質問だったので、初期設定の質問で大きく差がついたということです。
日本の東京オリンピックでもナッジが使われていた?
2021年7月から開催された、東京オリンピックでも、ナッジが使われていた、かもしれません。というのも、オリンピックに備えて、2018年、2019年と、政府はナッジの実証実験をしていたからです。それは何だったのでしょうか。
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