賞味期限に頼らない 食品ロスを減らす「知能を持つ包装」 九州大学が9月7日発表
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ニュースレター「パル通信」332号では、九州大学がおととい、2026年9月7日にプレスリリースを発表した件について解説します。
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2026年9月7日14時、九州大学が「食品包装が『知能』を持つ時代へ」という研究成果を発表しました(1)。AIと自己修復機能を備えた次世代の食品包装について、何を研究すべきかの指針を示したものです。発表したのは、九州大学大学院農学研究院の田中史彦(ふみひこ)教授と田中良奈(ふみな)准教授らの研究グループ。この日、筆者は別件の取材で田中史彦教授の研究室を訪ねていました。あまりに話に熱中して、気づいたら2時間半近く経っていて驚きました。

2026年9月7日、九州大学大学院、田中史彦先生の研究室で(研究室の田中様撮影、左から田中良奈先生、田中史彦先生、筆者)
包装は「守る」だけでよいのか
国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界では生産された食品のうち、約3分の1が廃棄されています。研究グループが廃棄の一因として挙げているのが、流通や保存の過程で生じる品質の劣化と、「念のため」という過度なリスク管理にもとづく廃棄です(2)。
現在使われている食品包装の多くは、酸素や水分、光などから中身を守る「受動的な保護」の役割を担っています。守る力は高くても、中の食品がいまどんな状態にあるのかを教えてくれるわけではありません。わたしたちは、印字された賞味期限や消費期限を頼りに食べられるかどうかを判断してきました。
ですが、賞味期限は、品質が切れる瞬間を指すものではなく「おいしさのめやす」に過ぎません。「微生物試験」「理化学試験」「官能検査」で得られた日数に1未満の安全係数をかけ、短めに設定された「めやす」です。政府は食品ロスを減らすため、2025年3月に改正したガイドラインで、安全係数を1に近づけるよう求めています(6)。
もうひとつ問題があります。日付表示は、中の状態にかかわらず、製造した時点で一律に決まってしまうということです。その後、どんな温度や湿度の状態で運ばれ、どのような商品棚に置かれたかまでは反映されません。きちんと温度管理された食品も、そうでない食品も、印字された数字は同じです。中の状態そのものがわかるようになれば、日付表示への依存度は減るはずです。
3つの技術を束ねた「次世代食品包装」
田中史彦教授らの研究グループは、食品包装分野の最新研究を体系的に整理した総説(レビュー)論文の中で、次の3つを統合した新しい概念「Future-Ready Food Packaging(次世代食品包装)」を提案しました(3)。
・インテリジェント包装……鮮度や温度などを検知し表示する包装
・自己修復包装……傷や亀裂を自ら修復する包装
・AI(人工知能)……鮮度の判定や、期限の予測
3つのうち、1つめの「インテリジェント包装」は、すでに一部が実用化されています。時間と温度の積算で色が変わるインジケーターや、食品から出るガスや揮発性成分に反応して色が変わるフィルムなどです。海外では、これらを活用した「スマートラベル」などが登場しています(7)。触るだけで中の状態がわかるというものも登場しています(8)。論文にも、電池のいらないNFCタグ型のガスセンサーをほうれん草の包装に使った例や、感温部分と鮮度検知部分を組み合わせたQRコードラベルを魚に使った例などが紹介されています(3)。
今回の田中史彦先生の論文では、こうした材料やセンサー、食品包装が発する信号を、デジタルの追跡システムにつなぐ技術がまとめて整理されています。

次世代食品包装の研究全体像(九州大学のプレスリリースより)
主な成果として挙げられているのは、腐敗を検知するセンサー材料の体系化、センサー機能を維持する上で自己修復材料が重要になること、AIによる鮮度判定や賞味期限予測手法の整理、「認識―判断―行動―フィードバック」からなる閉ループ型包装システムという構想です。新時代の食品包装を、材料ではなく、「知的な情報システム」としてとらえ直した点が論文の中心となります。
興味深いのは、自己修復とセンサーを組み合わせる発想でした。包装に小さな傷ができたら、そこから酸素や菌が入り込むだけでなく、センサーが誤った信号を出しかねません。誤った信号は、まだ食べられるものを捨てる方向にも、傷んだものを食べてしまう方向にも働きます。傷を自ら修復する力は、包装のバリア性能を保つだけでなく、鮮度情報の信頼性を支えてくれます。
なぜ食品ロス削減につながるのか
では、なぜこの包装が、食品ロス削減につながるのでしょうか。
食品の品質をリアルタイムで把握できるようになり、期限の予測が、より高度になるためです。期限表示に頼り過ぎることなく判断できるようになれば、サプライチェーン全体の効率化にもつながります。
食品包装そのものが実際の食品の状態を読み取り、データとして送ることができるようになると、期限は「製造日から一律何日」ではなく、個別に管理できるようになります。その食品がたどってきた温度履歴を反映したものに近づきます。輸送中に温度が上がった商品は早めに売り切る、保存状態がよかったものは、商品棚に長く置くことができる。実際の状態を数値で管理できるようになります。
日本の商慣習には、賞味期限までの期間を3分割し、3分の1を過ぎたら小売に納品できないという「3分の1ルール」が長く残ってきました。緩和は進んでいるものの、根っこにあるのは「実際の品質はわからないから、賞味期限で線を引く」という発想です。中の状態が見えるようになれば、その線引き自体を問い直すことができます。
日本の食品ロスの推計値は2024年度で461万トン。そのうち事業系が237万トン、家庭系が224万トンです(4)(5)。総量では前年度から3万トン減ったものの、事業系では6万トン増えています。経済損失は年間3.8兆円、温室効果ガス排出量は978万トン-CO2と推計されており(4)、さらに削減するためにはこれまでとは違うアプローチが必要です。
日本の食品ロスのおよそ半分は家庭から出ています。家庭では、食べられるかどうかを判断するとき、期限表示を確認します。でも、知能を持つ包装が真の状態を示してくれるなら、一律に捨てる必要はなくなります。
食品を寄付する場面でも、知能を持つ食品包装が役立つでしょう。フードバンクやこども食堂に食品を寄付する際、企業側が最も気にするのは食品の安全性です。「もし何かあったら」というリスクを考慮し、まだ食べられる食品の多くが寄付されず、廃棄されてきました。包装が実際の状態をあらわすことができるのであれば、根拠を持って判断することができます。
目に見える変化と信じられる情報は別もの
ここで、論文がくり返し強調している点に触れておきたいと思います。目に見える変化と、信じてよい情報とは別ものだ、ということです。
色が変わるフィルムや、スマートフォンで読み取るラベルの多くは、緩衝液の中や、一種類のガスだけを含む環境で性能が確かめられています。ところが実際の食品では、湿度、包装内のガスの組成、照明、包装のかたち、食品そのものから出る揮発成分が、読み取りを乱します。スマートフォンでの色の読み取りは照明条件に左右されやすく、どの色空間を使うかで精度が大きく変わることが報告されています。
色が変わることと、その色を信じてよいことは、同じではありません。論文は、これからのインテリジェント包装が示すべきは、派手な色の変化ではなく、誤って「傷んでいる」と示してしまう割合、誤って「まだ大丈夫」と示してしまう割合、機器ごとのばらつき、ロットごとの再現性だと述べています(3)。
これは深刻な問題です。誤って「まだ大丈夫」と示してしまえば健康被害につながります。誤って「傷んでいる」と示せば、廃棄しなくていいものまで捨てることになります。
残された課題とは
もっとも、実用化への道のりは平坦ではありません。田中史彦教授の研究グループは、食品接触材料としての安全性評価や、ナノ材料が食品へ移行しないかどうかの評価、長期安定性の検証、大量生産技術の確立、AI予測モデルの標準化を、必要な課題として挙げています(2)。
社会実装するとなるとコストの問題もあります。論文も、製造コストの高さを、普及を妨げる要因のひとつとして挙げています。もともと食品は単価が低く、RFID(電子タグ)の実証実験も何度もおこなわれてきたにもかかわらず、食品分野では広がっていません。はたして単価の低い食品にセンサーを載せられるのか。論文は、実験室での手作業による試作から、印刷やコーティング、ラミネート、ロールツーロールといった既存の量産工程に乗る形へ移行しなければ、実装は難しい、と述べています(3)。
もうひとつ、包装そのものが高機能化することで、資源やごみの量を増やしてしまわないかという点も気になっていました。このことについては論文で論じられています(3)。
応答性の色素、カーボンドット、金属有機構造体、抗菌剤、導電フィラー、プリント電子回路、RFIDやNFCのタグ、電池、接着剤、多層構造。こうしたものは、ごく少量でも、リサイクルや堆肥化、生分解の道筋を複雑にしてしまいます。だから包装の環境価値は、素材が生分解するかどうかだけで測るのではなく、食品ロスや資源の消費、物流の無駄をどれだけ減らせたかと合わせて評価すべきだ、というのが論文の立場です。ライフサイクルアセスメントや、溶出と生態毒性の評価、リサイクル適性の検証を、設計後でなく、設計する段階から組み込むべきだと述べられています。
論文は「包装をどんどん複雑にしよう」とは言っていません。情報量の多いインテリジェントフィルムは、まず食品の品質がどう変わるのかを理解するための研究用のプラットフォームとして使う。そこで得られた知見から、本当に意味のある指標だけを絞り込み、センサーの構成を簡素化して、安く量産でき、低炭素で生分解性のある包装材の設計につなげる。そういう順序が示されています(3)。高機能な包装が店頭にあふれる未来ではなく、包装の設計そのものを賢くする道具として位置づけられているわけです。
食品の状態のデータを、誰が保持し、誰に公開するのかという問題もあります。事業者だけが握るのか。それとも消費者にもオープンにするのか。この点は論文ではあまり触れられていませんが、この技術が食品ロス削減に貢献するかどうかを左右すると考えます。
本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(JP24KF0248)の助成を受けたものです。この論文は、国際学術誌『Trends in Food Science & Technology』の176巻に、2026年7月13日付で掲載されました(3)。オープンアクセス(CC BY)ですので、どなたでも全文を無料で読むことができます。今後5〜10年程度で、鮮度予測機能を備えた自己学習型の食品包装の実用化が進むと見込まれています(2)。
包装が語り出す時代に
田中史彦教授は、食品包装が、単なる保護材料から、食品の状態を理解して情報を提供する「知能を持つシステム」へと進化しようとしていると述べています(1)。
どれほど包装が知能を持ち、食品の状態を語っても、受け取る側が日付表示に依存するままではせっかくの情報が生かされません。私たちが「日付」ではなく「状態」で判断するかどうかが鍵となります。
参考情報
今日の映画
監督:ペドロ・アルモドバル
出演:レオノール・ワトリング、ハビエル・カマラ、ダリオ・グランディネッティ、ロサリオ・フローレス
ベニグノ(ハビエル・カマラ)は病院の看護師。交通事故で昏睡状態になった、若く美しいバレエダンサーのアリシア(レオノール・ワトリング)の担当になり4年間がたちます。
ヤングケアラーとして、いまは亡き母親の介護にたずさわってきたベニグノには青春を楽しむゆとりはありませんでした。ですから、これまでにアリシアの世話をしたこの4年間ほど、日々しあわせを感じたことはありませんでした。
なぜなら事故の前から、ベニグノはアパートの向かいのバレエスタジオで練習をするアリシアに恋心を抱いていたからです。毎日、愛する人に、話しかけ、触れることができるのは、たとえ相手が昏睡状態だとしても、この上ないしあわせでした。
ベニグノの勤務する病院に、著名な女性闘牛士リディア(ロサリオ・フローレス)が運ばれてきます。リディアは闘牛で重傷を負い、昏睡状態に陥っていました。恋人でトラベルライターのマルコ(ダリオ・グランディネッティ)は、病室に寝泊まりし、そばを離れようとしません。
ベニグノとマルコはやがて親しくなり、意識のない女性たちのそばで共に過ごすようになります。ベニグノは、マルコに「もっとリディアに話しかけてあげたほうがいい」と伝えます。たとえ返事や反応がなくても、話しかけ、触れてあげることは大切なのだと。
ベニグノのアリシアへの献身は、看護という範疇を超えた危うい領域へと踏み込んでいきます。そして事件が起こります。
題名の「トーク・トゥ・ハー(彼女に話しかける)」ことが何をもたらすのか──。フィクションとはいえ、重い問いかけになっています。
劇中、ピナ・バウシュの前衛的なバレエと、カエターノ・ヴェローゾが名曲「ククルクク・パロマ」を歌うホーム・コンサートを観ることができます。
本作品は、2003年のアカデミー賞の脚本賞とゴールデン・グローブ賞の最優秀外国語映画賞を受賞しています。日本では2003年に劇場公開されました(今回はDVDで鑑賞)。
今日の書籍
今でこそ、各家庭での冷蔵庫保有率は100%に近いですが、冷蔵庫が初めて登場したのは1903年(明治36年)、今から100年以上前のことでした。その100年間に起きた冷蔵庫をとりまく変遷を、著者が解説してくれます。
当初は台所に導入する設備の中でも、冷蔵庫は、他の設備に比べて二桁高いものでした。当然、限られた世帯しか保有することができない贅沢品だったようです。
家庭に導入された初期の頃は、台所でアリが冷蔵庫内に侵入しないよう、冷蔵庫の脚の部分の先が球形になっているものがありました。また、水が出てきて床を濡らす可能性があったため、氷冷蔵庫は土間に置かれていたそうです。
冷蔵庫の登場によって、それまで肉類では食品ロスが発生していたのを防ぐことができるようになりました。
しかし皮肉なもので、冷蔵庫に依存し過ぎると、今度は冷蔵庫の中でモノを腐らせることにもなってしまいます….このへんのことは、魚柄仁之助(うおつか・じんのすけ)さんが著書『冷蔵庫で食品を腐らす日本人』(朝日新聞出版)に書いています。
私も以前、冷蔵庫メーカー2社(滋賀県・東京都)を取材して記事を書いたことがありました。
編集後記
9月7日から9日まで、九州に来ております。9月6日から7日にかけて大雨で、在来線が止まるかもしれないと聞き、6日夜から羽田空港近くのホテルで待機しておりました。無事、取材できてよかったです。
他に、福岡県久留米市の「じじっか」を訪問しました。久留米は私が中学1年から高校1年までの4年間住んでいた、亡父の故郷でもあり、なつかしい思いでした。美味しいものや、お気に入りのお店も見つけたので、いつかご紹介できたら…と思います。
九州大学大学院の田中史彦先生の研究室の公式サイトで、私が2026年9月7日に研究室を訪問したことを写真入りでご紹介いただきました。田中史彦先生の研究室は、論文掲載数やトップ10%論文掲載数が九州大学の中でもトップレベルです。研究室の公式サイトをご覧いただければ、このことも数値で示されています。今回ご紹介した件以外にも研究が進んでいますので、引き続き、さまざまなメディアや講演などでご紹介できればと思っております。
2026年9月9日、福岡空港にて
井出留美
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